巡りあるき

うたひながら夜道を帰るからつぽのひだりの胸に風がはいつた

須磨寺

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思いがけない田井畑の野良風景がとても懐かしくて、すっかり長居をしてしまった。

それにしても、集落よりやや高いところにあると思われるあの田は、どこから水を引いているのかなあ。野良に出る途中、じめじめして水の湧き出ている所があったけど、あの上にも水の湧くところがあるのかな…?

バスが来るまで時間があったので、ネットに乗っていた手作り天然酵母パン屋さんを覗きにゆく。残念ながらパンは売り切れでした~(T_T)

バスの中で、田井畑の村長の二人の娘,村雨(もしお)、松風(こふじ)は、在原行平に乞われて、行平が須磨に蟄居するあいだ、かいがいしく身の回りの世話をしたという、その話が源氏物語の『須磨』の段に生かされたと説明にあったけれど、それって、櫛稲田姫に近くない?!なんて考えると、少し腹がたってきた…(お腹空いた~笑))

 

 リボン坂に至るの標たどり来て堂谷池に出る これべんり坂

 

予定より大幅に遅れて須磨寺へ。陽はかなり傾いて来た。

須磨寺にはたくさん石仏がありそうなのに、日がかげっては写真が撮れない。少し焦って、カンを頼りにずんずん歩き、ほどなく遠く寺の塔が見える所に出た。べんり坂だった。珍しくカンが当たった♪

須磨寺に向かう参道の中ほどに、観音様の立つ湧水があり。折り鶴や花など、沢山の供物に囲まれた愛染堂があった。お堂の周りには、1995年の阪神淡路大震災で、火災にあったらしい焦げ跡の残る石仏、家族や親族の方々が手作りされたと思われる、粘土製の石仏などが沢山まつられていた。

その中の、何体かの粘土づくりのお地蔵さんには、お子さんらしい子供の名前がしっかり刻み込まれ、その深いへらのあとに、この仏さんを作った方の思いの深さをしのび、こころが震えた。その方にとって、このお地蔵さんはお地蔵さんというより、かけがえのないわが子なのかもしれない…、本当はお地蔵さんなんかになってほしくない!なろうことなら、この両手でもう一度…あの笑顔を包みたい!という切なる願い…そして祈り   合掌

 

須磨寺本堂にお参りして般若心経を唱える。ここにも豊かな湧き水がある。

本道の西側にたくさんの石仏が並んでいた。よく手入れされているが損傷の跡の見える仏様も多い。今まで見慣れた関東の石仏と違うのは、花崗岩でつくられたものが多いという事。花崗岩の持つ質感に西国らしさを感じた。お姿はさすがに全体のバランスがよく、稚拙さでない洗練されたおおらかさを感じた。お参りできてよかったと思いました。震災後の区画整理等で須磨寺に納められた石仏もあるらしく、新しいコンクリートの頑丈な壇に、たくさんの石仏がしっかりと固定されて奉られ、夕日を浴びて輝いていました。

 

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