巡りあるき

うたひながら夜道を帰るからつぽのひだりの胸に風がはいつた

久高島の3月 (1)

二月初旬、野村岳也監督の映画「イザイホウ」を観ました。1967年に制作されてから、長い間上映を控えていたそうですが、昨年午年、かつて久高島でイザイホーが行われた時期(旧暦霜月15日~18日=1月5日~8日)に合わせて一般公開されたそうです。

イザイホーは1978年に執り行われてから1990、2002、そして昨年の2014年と開かれることはありませんでした。1978年のイザイホーは比嘉康雄氏の写真集や動画の記録も何本か撮影されているようですが、1966年の記録は少なく大変貴重な映像だと思います。

上映終了後、後席にいた女性が「凄い映像観てしまいましたね!」と話しかけてきました。私は上映中ずっと“久高の女性たちの表情がいいな~”と思っていたので、そのことを伝えました。

以前見た、民族文化映像研究所のドキュメンタリー作品「イザイホー」<1990年、実施され無かったイザイホー>では、長く続いてきた大切なまつりを、取り止めざるを得なくなった久高島の人々や女性たちの姿が記録されていました。さまざまに揺れながら引き受けてゆく…女性たちの姿勢に深い共感を覚えました。

1966年「イザイホウ」の女性達は、私が子供だった頃の群馬の村の〈オンナシーおなご衆〉の面影がありました。〈オンナシ〉は主婦で妻で母で農・養蚕・果樹栽培に家畜のプロでご詠歌上手で…強さと怖さと安らぎ…がありました。

フィルムも撮影機材も貴重な時代、あれだけの映像を記録するのは大変なことだったろうなと思いながら、ふと、1966年は、岡本太郎氏も久高島で取材していたのではなかったかな…と思いました。

写真が多いので3回くらいに分けます。

ひめゆり平和祈念資料館は≪御嶽≫の新しい姿かも知れない… のつづきです。

 

久高島に向かうフェリーの時間を見ながら、タクシーで玉城に向かいました

玉城城跡の木の階段を登り始めるとすぐ、見覚えのある男性がカメラを肩に下りてきました。「大重監督ですか?」と尋ねると、「堀田です。大重監督も来ていますよ。」 とのことでびっくり!

大重潤一郎監督の「久高オデッセイ(3)-風章-」も今夏、いよいよの公開!

大重監督、病をおしての編集…、無事完成をお祈り致します。

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自然石をくりぬいた入口、これもかつての柵の跡。

この壁の内側は誰で外側は誰だったのだろう…。

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シロノセンダングサ(アメリカからの帰化植物)のむこうに久高島が見える。

これより久高島・・・

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漁網、天水を貯める水槽、右の花はシャリンバイかな?

f:id:miyasakihiro:20140319170213j:plainグアバの実(バンシロー)

グアバ茶、下痢、虫下し、胃腸病、糖尿病、打撲傷等に用いられる。

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ひっそりといのりの場

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f:id:miyasakihiro:20140319170756j:plain外間殿(ふかまどぅん) 

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外間殿の前庭の拝所。ガジュマルの根元に香炉が置かれている。

ガジュマルは虫刺されやおできに木の汁を塗る他、風邪や神経痛に良いとされ、お茶にもされた。

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右手が上の拝所

f:id:miyasakihiro:20140319170849j:plainリュウキュウコスミレ(スミリ)

外間殿 の裏の道端に咲いていた。解毒作用があり、食用にもなる。