岡井隆さんのお話
朝日カルチャーセンターから岡井隆氏の最終講義の案内が届いた。
知人に誘われた短歌の世界に興味を持った私は朝日カルチャーセンターの「現代短歌」講座に二年半ほど通った。その間の2011年3月11日、新宿の住友ビル7階で氏の講座を受講中あの大地震に遭遇した。あの日、高層ビルの不気味な揺れが怖くて、飛び出してしまった私は、一人の帰宅難民になった。
ゴゴ ゴゴゴ初期微動やまず地震(なゐ)来たり岡井氏ひとこと「このごろ多い ね」
高層のビルの大地震いつまでもみゅーんみゅーんと揺れてとまらぬ
(二首目の歌は4月に提出して、あっさり「月並みだね」で片づけられてしまった(T_T)
ちらっと覗き見のつもりの短歌の世界はしかし、なかなか魅力的だった。あれこれ状況の説明なしでスパンとものが言えるし、季語とか知らなくていいし、何より、31文字しか使えないというのがいい。何となく絵をかくことと似ている感じもするし…。岡井先生の講座を選んだのは、単なる偶然ばかりでもなかったのだが、少しずつ様子が分かってくると、いやはやとんでもない人だった。
ぼそぼそとつぶやくごとき師の声は歌に踏み入るごとに艶めく
しかしとりあえず、3月8日と30日の最終講義でメモしたことを記して置きたい。
岡)私の短歌は全体のリズム・しらべを生かしているものが多い。歌はこれが一番
大事です。“しらべ”というのは音楽の世界の言葉で、言葉の世界の言葉にはなり
にくい。名歌をたくさん諳んじて身につけるしかない。
⇒この“しらべ”がよく分からない。リズムは何となく分かるような気もするが…
“ひびき”とも少し違うらしい。なにか大きなものと繋がっているらしいのだが…
岡)私は斉藤茂吉をという人を通して、写生とは「実相に観入して、自然・自己一
元の生を写す。」と知った。前衛としてリアリズムを離れ、暗喩や虚構も歌に
するという事もして来たが、短歌(うた)の長い歴史を思うと、日本語の特質
とも絡めて、根源的なものをはらんでいると思う。
⇒このことに繋がるかどうかわからないが、以前、斉藤斉藤氏のツイッターでの発言、《短歌は鎮魂(たましずめ)である》に共感したことを思い出していた。
岡)~もうすこしで 触れさうだと思ふ夜は 窓ごしに見る 雨のしぶきを~
「最近の私の歌は、謎かけっぽいものが多くなっている。この歌も何に触れそう
なのかを、故意に略してある。今、ホフマンスタールを読み始めていて、読者に
考えてもらう、あるいは読者との共作、もあり得ると思い始めている」
⇒このお話はとても興味深かった。少し前、氏は『ネフスキー』でレヴィ・ストロースを読み進めていたし、最近の短歌界の、ミニマリズム的な分かりやすさに対する氏のスタンスも、少しは関係しているのかもしれない…が、よく分からない。しかしこれも斉藤斉藤氏の言う、《必然性のある“わからなさ”は、いつか誰かに必ず届く。》という言葉が、今のところ私にとっての補助線となっている。
この斉藤斉藤氏について、岡井氏は「斉藤斉藤さんは《岡井さんは大衆というものを本気でバカにしている》と言っているんだよなあ」と嬉しそうに話していた。う~んわからない???
最後に岡井氏は
「これからは、詩・俳句・川柳等と共存できるような世界が来れば、楽しくなるのかなと思います。」と話されて、26年にも及ぶ朝日カルチャーセンターの「現代短歌」の講座を閉じた。私は岡井先生の新刊本「岡井隆詩集」を求め、サインをいただいて帰った。