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巡りあるき

うたひながら夜道を帰るからつぽのひだりの胸に風がはいつた

あらたまの年のはじめに素地彫りの円空仏に水仙たむく

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円空ゆかりの岐阜県郡上市美並で、地元の円空研究者が鉈彫りした円空

 

2009年岐阜県郡上市美並粥川の山村会議郡上踊り交流会、じゃんけん敗者復活戦で勝ち抜き、くしくも^^; 我が家においで頂いた円空さん。

 

~あらたまの~

枕詞

語義は未詳

万葉集では<璞>ハク・ホク・アラタマ「荒玉」「新珠」「新玉」と表記される。

        →掘りだしたままでまだ磨いてない玉

         年・月・日・来経・春にかかることば。

遠江の国の郡名に<麁玉(アラタマ)>がありその地名「伎倍(キヘキ)」が『あらたまの伎倍の林~』〈万葉〉と歌われている。そのキヘが、「来経」と同音であったため、『あらたまの来経ゆく年~』〈万葉〉と転用され、さらにまたアラタマがアラタマル(改まる)の語幹に当たるため、「改まる年」の意をもかねて「あらたまの年」と続くようになったと考える説もある。-古典基礎語辞典-

ある時、岡井隆さんが、朝日カルチャーの短歌講座で《枕詞》にふれ、

「近・現代短歌ではほとんど使われなくなったが、短歌の一つの姿として面白いものをはらんでいる。私も、ごくたまに定番の使い方を外して使ってみることがある。本来、そんなに小難しいものではない。もともと調子を調えたり、ゴロ合わせ、意味つながりなど、遊びの要素が強かったもので、よく引かれる、「あしびきの…」は<山>にかかる枕詞だが、山道は険しくて歩くのがつらい、足を引きずるように歩くから「あしびきの…」になって行ったんですよ。そんなに難しく考える必要はない。」と話されていた。

<うた>はもともと、様々な場で即興にうたわれていたとすれば、皆で楽しみながら、今そこにある物や人、地名や身近な出来事などを、歌い継がれている節回しに、思わせぶりなゴロ合わせやシャレで組み入れ、場を盛り上げるように唄われていたのではないでしょうか。

私が子どもの頃、村の盆踊りは東京音頭や上州音頭などのレコードをかけて踊っていましたが、地元の八木節だけは、やぐらの上で歌い手が口説いていたのをよく覚えています。時々、村の誰かの名前や、その年にあった出来事などを歌い込んで踊り手を沸かせ、『それからどうした♪』とか、『どっこいどっこい♪』等々、かえしのはやし言葉を頂戴していました。やぐらの上も踊りの輪も観客も、大笑いで一つになったお盆の夜でした。

 

アラタ―甾(シ)開墾したばかりの田 田一歳 開墾一年の田。

   →新 新し(新しい) 改まる

アル ―露(アラハ)現(アラハル)生る 出現する 誕生する

   ―荒し(アラシ)荒る 硬くて手触りがごわごわしている 無秩序な状態

 

  たいせつなことは言へない言はないよだつて言葉に盗られてしまふ